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すいかのいちばん甘いところ

「すいかは先っぽがいちばん甘いよ」

我が家ではすいかはわりと細かく切り分けられて、とんがりコーンみたいな傾斜の三角形になって出てきていたので、母はいつもこう言っていた。そして私はいつも最初の一口を特別ていねいに食べていた。

小さい頃からずっと、すいかは先っぽが甘いと信じていたのだけど(そしてそれは事実なのだけど)、その先っぽがすいかの「真ん中」なのだと気づいたのはすいか割りをしていたときだった。

甘い部分がみんなに行き渡るように、昔の人が働かせた知恵なのだろう。

去秋から一人暮らしを始め、大きな果物を食べる機会がうんと減り、切って器に盛られた果物が、家族の幸せの象徴だったんだなと思うようになった。

私はこれまで、すいかを切ってもらって、それをむしゃむしゃとただ食べている側だった。たぶんあと少ししたら、すいかを買ってきて、それを食べる皆が甘さに無心でかぶりついている様子を想像してうれしくなりながら、すいかを切り分ける側にまわるのだろう。

そんなすいかを切るひとになったときに、見える世界はいまとどう違っているのか。すいかの先っぽが真ん中なんだと気づいたように、なにか新しい見え方がするんだろうか。

雰囲気の出る家事

一人暮らしを始めて6年目。

 

実家にいた頃はいつも誰かが家にいたから、

一人暮らしを始める頃は

寂しさに耐えられるか、生活を回せるのか、

不安な気持ちもあった。

 

でも、

どうやら自分は一人でいる方が好きみたいで、

今から誰かと暮らすなんて考えられないほど

一人暮らしにハマってしまっている。

 

ただ、やっぱり自分一人だけで毎日の生活を作っていくことは、それなりに大変だ。

 

特に、家事。

洗濯、掃除、料理、洗い物、、、。

慣れることは慣れたが、

「めんどくさい」という気持ちは

一生なくならないかもしれない。

ほんとに家事は、めんどくさい。

でも、やらなきゃ生活できない、、、。

 

よく考えることがある。

「どうせやらなきゃいけないなら、

なんとか家事を好きになれないか?」

 

いろいろ考えてみたが、

最近、一つの有効な方法を発見した。

それは、

「家事に雰囲気を出す」

ということだ。

 

この言葉だけではおそらく意味が分からないと思う。

そして僕の説明を読んでも結局意味が分からないかもしれない。

僕自身もよく意味が分からない。

 

「家事に雰囲気を出す」

言葉を補足すると、

「都内の古いアパートで一人暮らしをしている平凡な青年を描いたドラマの主人公の気持ちになりながら家事をこなす」

ということだ。

 

平凡な青年を主人公にしたドラマの一場面にいるかのような気持ちで、普通の家事をこなすのである。

 

これを行うことで、長くめんどくさいだけの家事が、一気に自分に入り浸れる至福の時と化すのである。

 

食器洗いを例にとって、

具体的なポイントを説明しようと思う。

 

①自分を物語の主人公だと思う

 

自分を主人公にした映画やドラマなんかを想像する。主人公だからといって設定を盛ることもなく、平凡な人間の何気ない経験や心の機微を描いた雰囲気重視の文学チックな作品でも想像するのが良い。

 

②食器を洗いながら脳内にBGMを流す

 

映画やドラマの何気ない家事の場面では、何となくBGMが流れていることが多い。

脳内でBGMを再生することで、雰囲気のあるシーンっぽく家事をこなすことができる。

個人的にはほのぼのした音楽ではなく、どこか切ない、なんとなく生活へのもやもやを感じさせるような音楽の方が、深い雰囲気が出ると思う。

 

③刃物を洗う際、ちょっとした怪我をする

 

主人公たるもの、日常に満たされているはずがない。何かもやもやしたものを抱えているものである。そんなもやもやは、家事の場面で暗喩的に表される。洗い物の場合は、手が滑って包丁か何かで怪我をしてみると良いだろう。

日常のもやもやを表したシーンのような雰囲気が出て、さらに浸れること間違いなしだ。

 

④たまに斜め上を見上げて、息を吐く

 

これも③に近い意味合いを持つ。

たまに斜め上を見上げて息を吐くことで、

何となく日常にもやもやしている感が出る。

息の吐き方や表情を調整することで、

もしかすると前向きな雰囲気を出すこともできるかもしれない。

 

 

以上のポイントを踏まえて、

食器洗いをやってみる。

 

すると不思議なことに、

洗い終わるのが寂しくなるのである。

 

食器を洗っていたときは、あんなに主人公みたいな気持ちだったのに、、、。

 

気付くと、また食器を汚して、洗っている。

そして、主人公になっている。

 

もう、家事が楽しみでしょうがない。

 

 

ここまで書いてみて思ったが、

やっぱり自分でも何を言っているのか分からない。

 

 

テーマ:家事

 

 

 

誕生日

今だって誕生日はうれしいけれど、
小さい時の誕生日はどうしてあんなにうれしいんだろう。


5月中旬の誕生日を
もうずっと前から楽しみにしている。

新学期が始まると、
さあもうすぐ誕生日がやってくる。
でもクラス替えで新しくできた友達は
わたしの誕生日を知らないから
教えたほうがいいかしら。
なんて考える。

5月に入ったころに、
おばあちゃんからおもちゃ屋さんのチラシが送られてくる。
一つ選んでリクエストの電話をする。
この時、妹も一緒にお願いする。
姉妹でどちらかだけがプレゼントをもらうのは
かわいそうだからと考えてくれていたみたい。

カレンダーを見ては
あと何回寝ると誕生日がくるか毎日かぞえる。
スーパーに並び始めた大好きなスイカを見て
いよいよだな、と感じる。

待ちに待った誕生日、
飛び起きて、おめでとうを待ち構える。
一日中なんだかうれしくて、物語の主役になった気分。
帰ったら家族がお祝いしてくれる。
お母さん手作りの、いつもより豪華な、
わたしの好物ばかりのご飯を食べて、
おばあちゃんから送られてきたおもちゃと、
両親から本のプレゼントをもらって、
電気を消して、出てくるのは、
ろうそくをたてた、スイカ。

そして12か月後の誕生日を楽しみにする1年が始まる。

 

テーマ:すいか

すいかはあんまり食べません

テーマ:すいか

 

 

初投稿です。
日々笑ったり泣いたりしてふわふわと生きています。いろいろと考えてることがあります。
大して深くもないし表現も下手くそだけどこれから頑張って書いていこうと思います。

 


さて、テーマが「すいか」ということですが、僕自身のことからお話させてください。

 

 

ここ一年くらい、僕は映画やドラマを観ることにはまっています。毎日19時にはバイトから帰ってきているのですが、出不精でお金もない僕。映画やドラマで夜を過ごすことが多いのです。
毎週TSUTAYAでたくさんDVDを借りています。

 

どんなものを観るかというと、とりあえず世間で評価が良いもの、周りに勧められたものを所構わずといったところです。

 

去年観たもので、とても印象に残った、大好きなドラマがあります。

 

2013年に日本テレビで放送されていた、
泣くな、はらちゃん
というドラマです。

 

一人の女性と現実世界に飛び出した漫画のキャラクターの恋を描いたファンタジーです。

 

主演の麻生久美子さんが演じるのは、自分にも世界にも見切りをつけて、かまぼこ工場でパートをしながら冷めた人生を送る越前さんという女性です。職場ではおばちゃん集団に辛く当たられ、生きがいもやる気もなく、ただ最低限真面目に生きるだけの日々。そんな彼女の唯一の趣味は、漫画を描くこと。

 

彼女は、とある酒場を舞台に主人公「はらちゃん」と仲間たちがお酒を飲んで会話をする漫画を描いているのです。

 

ある日、自分が描いた漫画の中から「はらちゃん」が現実世界に現れます。

 

長瀬智也さん演じるはらちゃんは、この現実世界のことを何も知りません。「恋」や「死」すらも、何も知りませんでしたが、自分の生みの親である越前さんに一目惚れし、友達の死に直面し、人が持つ悪意に出会い、、、この世界のいろんなことを学んでいきます。

 

越前さんは、呆れるほど純粋なはらちゃんに惹かれると共に、この世界を愛すること、そして自分を愛することの大切さに気付いていきます。


とまぁ、話の筋はこんな感じなのですが、
このドラマ、毎回泣きながら観てました。

 

というのも、主人公の越前さんの生き方や考え方が、観ていた当時の僕とそっくりだったから、
そして、はらちゃんの真っ直ぐで純粋な姿が、失ってしまった昔の自分の姿のようだったからです。

 

世界じゅうの敵に降参さ 戦う意思はない
世界じゅうの人の幸せを 祈ります
世界の誰の邪魔もしません 静かにしてます
世界の中の小さな場所だけ あればいい

 

越前さんが漫画の中ではらちゃんに歌わせていた曲の歌詞です。
この歌詞が越前さんの生き方そのものであり、去年の僕の生き方そのものでもありました。

 

何も成し遂げたいとは思わないし、誰とも幸せになる気もないから、そっとしておいてほしい。誰にも危害を加えないから、ほっておいてほしい。頑張りたい人はどうぞ頑張って。僕は頑張りたくありません。一人で静かに暮らしていたいです。

 

今の僕も大して変わらないですが(多少は前向きになりました)、去年は本当にそんな感じで、自分という人間を諦め、社会や世の中への無関心を貫いていました。

 

こんなんじゃ幸せになれない、笑って暮らせない、分かっているけど変われない。
越前さんも僕と同じような生きる苦しみを持っているように思えました。

 

でも越前さんは、はらちゃんと出会って、人を好きになる気持ちを思い出して、自分を大切に想ってくれる人たちの存在に気付いて、少しずつ、自分の心の殻を破るようになっていきます。

 

そんな越前さんの姿を見て、自分を振り返って、元気付けられたり、悲しくなったり。いろんな感情が溢れてきました。


そして、はらちゃん。
誰かを好きになって、その人のためにとにかく真っ直ぐ走り続ける。
知らない世界のすべてがキラキラして見えて、何もかもがワクワクする。

 

高校時代までの、純朴で素直だった頃の僕を見ているようで、とにかく悔しく、切なく。
大学に入ってから、生きるのが楽しいなんて思ったことはなかった。そんな気持ちは高校時代にすべて置いてきてしまった。

 

はらちゃんは、僕が諦めてしまった、もう一人の僕の姿のようで、見ていて涙が出ました。

 


このドラマ、自分を好きになれずに悩んでいる人や、毎日が楽しくない人に、ぜひぜひ観て欲しいと思います。

 

人生が変わるなんて大袈裟なことは言えませんが、少しでも慰めになったり、明日からちょっとだけ頑張るきっかけになったりするんじゃないかなぁと思います。

 

 


泣くな、はらちゃん」と僕自身のことについて長々と書いてしまいましたが、あと少しで終わります。

 

さて、このドラマのプロデューサーは河野英裕さんという方なのですが、他にどんなドラマを手がけているんだろう?つい最近気になり始め、調べてみました。

 

すると、前田敦子さんがロボット女子高生を演じた2010年のドラマ「Q10」というものがありました。

 

放送当時はその存在だけは知っていましたが、

「アイドルごり押しのファン向けドラマっしょ〜」

くらいの認識で、実際に観てはいませんでした。

 

泣くな、はらちゃん」で河野プロデューサーへの信頼がスーパー高まっていた僕は、今週一気にその「Q10」を借りてきてみました。

 

 

第一話から泣けました。
今第三話まで観たのですが、もうヤバイです。
神ドラマです。
食わず嫌い、良くない。

 

 

このドラマの脚本を手がけたのは、木皿泉さんという方。夫婦の共作名義だそうです。

 

こりゃあ木皿泉さんの他の作品も観たいなぁと思って調べたところ、
なんと「Q10」と同じくプロデューサーが河野英裕さん、脚本が木皿泉さんのドラマがあるではないですか。

 

そのドラマのタイトルはというと、

 

 

 

「すいか」

 

 


夏本番のこの時期に観るにはちょうど良さそうです。

 

 

ということで、なんとか「すいか」に繋がった初投稿でした。